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東京地方裁判所 昭和63年(モ)13151号 判決

債権者 松山寛

右訴訟代理人弁護士 村田彰久

右訴訟復代理人弁護士 豊岡拓也

債務者 田辺哲夫

右訴訟代理人弁護士 君塚美明

主文

一、債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和六三年(ヨ)第一七二二号建物立入禁止等仮処分申請事件について、同裁判所が昭和六三年四月三〇日にした仮処分決定は、これを取り消す。

二、債権者の本件仮処分申請を却下する。

三、訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、債権者

1. 主文第一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を認可する。

2. 訴訟費用は債務者の負担とする。

二、債務者

主文同旨

第二、当事者の主張

一、申請の理由

1. 申請外宝槻光正(以下「宝槻」という。)は、昭和五七年六月一日、申請外有限会社更科(以下「有限会社更科」という。)から、同社所有に係る別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という。)を賃借してその引渡しを受け、同所で「理容ロング」の名称で理髪業を営んでいた。なお、右賃貸借契約は、昭和六〇年五月三一日、賃料月額一二万円、期間三年として更新された。

2. 債権者は、昭和六一年一二月末ころ、宝槻から、「理容ロング」の営業全部を、本件店舗内の宝槻所有に係る什器備品と併せて譲り受けるとともに、宝槻と有限会社更科との間の前記賃貸借契約と同一の条件の下に本件店舗を転借してその引渡しを受け、「理容ロング」の営業を行っていた。

3. 有限会社更科の代表取締役である債務者は、昭和六三年四月一日、債権者に対して突然本件店舗の明渡しを請求し、債権者がこれを拒絶したところ、同月六日、本件店舗において、宝槻ほか数名の者とともに、債権者に対して本件店舗の明渡しを強く迫り、これに応じようとしない債権者を引き倒した上、宝槻らと一緒に債権者の身体を押さえつけて、さらに激しく債権者に対して本件店舗の明渡しを要求するなどした。そのため恐怖にかられた債権者が、債務者らの隙をみて本件店舗からかろうじて脱出した後、債務者らは、本件店舗のガラス扉の内側から「閉店のお知らせ」と題する張り紙をした上、出入口の錠を別の錠と交換して債権者の本件店舗への立入りを不可能にし、もって債権者の本件店舗に対する占有を侵奪した。

4. 債権者は、債務者に対し、占有訴権に基づき、本件店舗の引渡請求権を有するところ、本件においては、債権者に対し従来どおり本件店舗での営業を続けさせる必要性が高いのに対し、債務者らにおいて本件店舗を使用する必要性は乏しいこと、このまま本件店舗が第三者に賃貸されるようなことがあれば、債権者が本案訴訟において勝訴して被保全権利の実現が不能となることなどの事情があり、債権者のために暫定的な原状回復措置を講ずる緊急の必要性がある。

よって、債務者の本件店舗に対する占有を解いて執行官の保管とした上、債権者にその使用を許す旨の本件仮処分決定は正当であるから、その認可を求める。

二、申請の理由に対する認否

1. 申請の理由1の事実は認める。

2. 同2の事実は否認する。債権者は、昭和六〇年七月宝槻から理容師として雇用されて「理容ロング」に勤務するようになり、昭和六二年一月からは同店の店長を命じられてその職務を行ってきていた者であって、宝槻の使用人であるにすぎない。したがって、債権者は、本件店舗の賃借人である宝槻の占有補助者であるにとどまり、本件店舗に対する独立の占有をもたないものである。

3. 同3の事実は否認する。本件店舗については、有限会社更科において、昭和六三年三月三一日宝槻との間で賃貸借契約を合意解除し、宝槻から本件店舗の明渡しを受けて占有していたものであるから、有限会社更科の代表取締役である債務者が、宝槻の占有補助者であり何らの占有正権原を有しない債権者に対して、本件店舗からの退去を求め、あるいは立入りを阻止するなどしたとしても、債権者の占有を侵奪したことにはならない。

4. 同4の事実は否認する。

三、抗弁

債権者は、東京地方裁判所に債務者らを被告として建物引渡等請求訴訟(昭和六三年(ワ)第六一三六号)を提起し、右訴訟において、有限会社更科に対しては本件店舗の賃借権ないし転借権に基づき、債務者に対しては占有権に基づき、それぞれ本件店舗の引渡し等を請求し、これに対して、申請外有限会社更科は、債権者に対して本件店舗の所有権に基づき建物明渡し等を求める反訴(昭和六三年(ワ)第八一四三号)を提起した。東京地方裁判所は、右両事件(以下「本件本案訴訟」という。)を併合審理した結果、平成元年一一月二四日、債権者が宝槻から「理容ロング」の営業とともに本件店舗の賃借権を譲り受けあるいは転借したとの事実は認められず、また債務者が本件店舗を所有ないし占有しているものでないことは明らかであり、本件店舗を債権者に引き渡す義務を負っているとは認められないとして、債権者の債務者らに対する本訴請求をいずれも棄却し、有限会社更科の債権者に対する建物明渡しの反訴請求を認容する旨の判決を言い渡した。

よって、本件仮処分決定につき事情の変更があったものというべきである。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。しかし、抗弁記載の判決に対しては、債権者から東京高等裁判所に控訴を提起しており(東京高等裁判所平成元年(ネ)第四一二八号)、右判決はまだ確定していないのであるから、本件仮処分決定につき事情の変更があったものということはできない。

第三、疎明関係〈省略〉

理由

一、本件仮処分決定は、債権者の本件店舗に対する占有権を被保全権利とするものであるところ、占有訴権による占有の保護は、本権の存否が確定されるまでの間の暫定的占有状態の保全にすぎず、占有権者が本権の訴訟で敗訴した場合には、終局的には占有権者の占有が保護されないことになるのであって、その意味で、占有権は本権に対し暫定性ないし従属性を有するものである。したがって、占有権を被保全権利とする仮処分において保全の必要性の有無を判断するにあたっては、前記占有権の性質にかんがみ、債権者が本権を有するか否かが重要な要素となると解される。すなわち、債権者が本権を有しないときには、本案訴訟において本権者による反訴請求が権利濫用として排斥されるであろう場合、もしくは反訴請求が認容されるとしても、それまでの間一旦は占有権者に完全な占有を回復維持させることが必要であると考えられる場合その他の特別の事情のない限り、占有権を被保全権利とする仮処分の保全の必要性を否定すべきであると解される。

二、本件においては、抗弁記載のとおり、本件本案訴訟に対する第一審判決において、債権者が全面的に敗訴したことは当事者間に争いがない。右訴訟において、債権者が、債務者に対しては占有権に基づき、有限会社更科に対しては賃借権もしくは転借権に基づき、本件店舗の引渡しを請求したのに対し、第一審判決においては、債権者が宝槻から本件店舗の賃借権の譲渡もしくは転借権の設定を受けた事実は認められないとして、債権者の占有正権原の主張を排斥し、逆に有限会社更科からの債権者に対する本件店舗の所有権に基づく明渡しの反訴請求を認容しているのである。しかして、いずれも原本の存在と成立につき争いのない疎甲第二三ないし第二六号証及び証人宝槻光正の証言並びに弁論の全趣旨によれば、右判決の事実認定は十分に首肯することができ、本件記録を精査しても右認定を覆すに足りる証拠は見当たらないのであって、これに、成立に争いのない疎乙第一八号証により認めることのできる本件本案訴訟における各当事者の主張や取り調べられた証拠関係等を併せ考えれば、本件本案訴訟の第一審判決の上訴審において、債権者が本件店舗につき賃借権その他の占有正権原を有するとの認定判断がなされ、第一審判決が取り消される可能性はきわめて低いものといわざるをえない。

してみると、占有権を被保全権利とする本件仮処分決定については、その本案訴訟において、債権者の本権の有無につき審理がなされた結果、これを否定する第一審判決がなされ、しかも、右判決が上訴審においても維持される蓋然性が大きいと認められる以上、前述の占有権の性質にかんがみ、本件仮処分決定の保全の必要性については、もはやこれを肯認することはできないものというべきである。

三、以上の次第で、本件仮処分決定については、保全の必要性に関して事情の変更があったものというべきであるから、本件仮処分決定を取り消し、債権者の本件仮処分申請を却下することとするが、成立に争いのない疎甲第三三号証、第三四号証によると、本件本案訴訟において有限会社更科からの債権者に対する本件店舗の明渡請求を仮執行の宣言を付して認容した第一審判決に対して、控訴に伴う強制執行停止決定(東京高等裁判所平成元年(ウ)第一四七二号)がなされていることが認められるので、右事情にかんがみ、本判決においては、本件仮処分決定の取消しを命ずる部分につき仮執行の宣言を付さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊澤佳弘)

〈以下省略〉

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